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母の日・父の日に感謝すべきは自分自身の幸運に対してではないだろうかって話

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今年も母の日・父の日キャンペーンがこれでもかというほど世間をにぎわせていた。

5月から6月にかけてテレビやラジオ、雑誌もネットもこぞってお母さん・お父さんに感謝しましょうキャンペーン一色になるのが正直気味悪く感じるのは自分だけだろうか?

私がいつも聞いているアイドル声優のラジオでも「お母さんやお父さんに感謝しましょう」的なコメントをしていてかなり辟易した。こんなとこでも親に感謝しましょうキャンペーンかと。

こういう「母の日・父の日にはお母さん・お父さんに日頃の感謝を伝えましょうキャンペーン」はそう思う人が勝手にやってくれ、人に押し付けるんじゃねえよといつも思うのである。

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みんながみんな感謝できる両親のもとに生まれるわけではないという事実から目を背けていないか?

私が言いたいのはこれである。

みんながみんな感謝できる両親のもとで子供として生まれ育っているわけではないという事実から目を背けてきれいごとを言っているようにしか聞こえないのだ。

こんなことを書くと親にも感謝できない親不孝者のように聞こえるかもしれない。実際そうであるが。

しかし、母の日や父の日に子供がとてもではないが感謝なんてできない、クソみたいな親なんてこの国にはごまんといることは日々のニュースを見ていれば明らかである。

痛ましい虐待事件はいつまでたっても防ぐことができていないし、そもそもまともに養育もできない親もいる。

そんな親に対しても、感謝はしないといけないのだろうか?

家族=無条件に仲が良いという幻想

大学の法学部出身者であれば結構知られた事実であるが、日本で起きている殺人事件のおよそ7割は家族・親族間で起きている。

血がつながっている=無条件に仲が良いとは一概には言えないはずなのだが、こういった事実があるにもかかわらず世間の人々は「家族=無条件に仲が良い」という幻想を当たり前のように持っている。

実は劣悪な家庭環境で生まれ育ち親のことが嫌いな子どもであっても、そういった「親とは仲が良くないといけない」という考え方に縛られているのである。

それゆえになおさら苦しい。生きづらい思いをしている。

そんな子供に対して「今のアナタがいるのは両親のおかげなんだから母の日・父の日には感謝しましょう」なんて言葉の暴力じゃなくていったい何なのだという話である。

ここまでお読みいただけたらもうわかるだろうが、私は家族、もっといえば両親と仲が悪い。

仲が悪すぎて、もっといえば嫌いすぎて私が物心つくかつかないかくらいのころから「この人たちは本当に自分の親なのか?実は違うんじゃないか?」ということをいつも考えていた。そう考えないとやってられなかったのだ。

具体的にどんないさかいやトラブルがあったのか、それはかなり長くなるのでここでは控えるがとにかく自分が何かやる時や人生の転機、具体的には進学や就職などではいつももめた。

どうしてだかいまだに理解できないのだが、私が何かやろうとするとすぐに邪魔をするのだ。

他の兄弟は全くそんなことはなかったし、別に私も反社会的なことをしたり、芸能人になるとかせっかく進学した高校や大学を中退するなんていうようなパンチのあることを言ったこともない(プロ野球選手になりたいと言ったことはあった気がするが、これなんて別に可愛いものだと思う)。

そんなわけで仲が悪い上に人の人生をことごとく邪魔したり、干渉してくるのでもう今は付き合いを絶っている。

長々と自分語りをしてしまったが、こういった人間もいるという事実を前にして「親に感謝しましょう」教の人はなんとコメントするのだろうか?

いつも思うのだが、こういった人たちは虐待や殺人など血のつながった家族や親族間の事件のニュースを見てどう思っているのだろうか。それでも無条件に親や家族に感謝しないとダメとか言うのだろうか。

感謝すべきはまともな親や家族のもとに生まれた自分自身の幸運に対してではないだろうか?

別に心の底から親や家族に対して感謝できる人は感謝すればいいと思う。母の日や父の日に限らず1年365日やればいいと思う。それに関してどうこう言うつもりはない。好きなだけやればいい。

ただ、たまたま幸運にもそういったまともな親、家族のもとに生まれたからそうやって感謝できる環境にいるだけなのに、他の人も無条件にそうだと思ってその価値観を押し付けられるのが非常に腹が立つのである。

こっちの事情も知らないで他人に自分の価値観を押し付けるんじゃねえ、って話である。

「社会や他人の価値観とか考えなんて関係ない、私は私の道を行く」とかいう人ですらこのことに関してはステレオタイプなことを言ったりするので、いかに「両親に無条件で感謝しましょう」教がこの社会に浸透しているかがよくわかる。

それ故に、両親や家庭環境に恵まれなかった人は非常に生きづらい思いをするのである。

親は子供を選べるが(出生前診断とかその典型ではないか)子供はどうやったって親も家庭環境も選べないのである。

その残酷な事実を無視してたまたま自分が幸運にもまともな親、まともな家庭環境の下で生まれただけなのに、他人もそうだろうと勝手に考えて特定の考えを押し付けるとか傲慢以外の何物でもないと思う。

母の日や父の日に感謝しましょう教の人は、両親に感謝するのも大事だろうが、それ以上に自分自身がそういったまともな環境のもとに生まれた幸運に感謝すべきだろう。

まかり間違っても他人にその考えを押し付けないでほしい、と思う。